正行寺の歩み
正行寺は、何度も戦乱を乗り越えてきた為
確実な資料に乏しく先々代から伝え聞いた事を中心に紹介いたします。
「明応(1492~1501)の頃、浄土真宗の門人西海路を渡り、浄土真宗の教えに
弘通しているのに邂逅し本願の奥義に逢いて至心信行堅牢無怠となりて
明応7年本願寺に登り、実如上人に請うて阿弥陀如来の尊像を賜り
また石山本願寺に参り蓮如上人に拝を請い六字の名号を拝受して、浄土真宗の末寺となる」。
天正年間戦火に遭い堂宇宝物全て焼失しています。その後、元和2年(1616)に本堂を再興し、本願寺に上り正行寺の寺号を拝命しています。
正徳5年(1715)本願寺に上り親鸞聖人の伝絵を拝受。安永5年(1776)
本堂再建。
第15世貫道、正行寺中興の祖で、一時期正行寺に無住の時代があり
現在の福岡県朝倉郡「教覚寺」より入寺、正行寺中興にあたりました。
明治33年より34年にかけて、堂宇の大改修を行い、本堂の向きを南向きより東向きに変え、屋根を瓦葺きにしました。
平成3年の大型台風により本堂が倒壊しましたが、門信徒の懇念によって平成5年にみごと本堂の再建がなされ現在に至っています。
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